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相談員から一言 バックナンバー

『注意しよう-化学物質の取扱い』

  平成24年3月、大阪府の印刷事業場で胆菅がんの発症が相次いでいる問題、情報は大きな話題となり、印刷会社の従業員らに死亡者まで出ていたということに驚かされた。原因の可能性が高いと指摘された化学物質、「1,2ジクロロプロパン」「ジクロロメタン」について各団体、各機関で調査が行われた。これら印刷事業場の実態を調査するため平成24年9月から「印刷事業場で発生した胆管がんの業務上外に関する検討会」(座長:産業医学振興財団 理事長 櫻井治彦)が業務との因果関係について検討し平成25年3月14日、印刷事業場に従事する労働者に発症した胆管がんの発症原因について、現時点での発症原因の因果関係についての医学的知見を報告書として取りまとめた-との報道がなされた。

 報告書のポイントとしては

①胆菅がんはジクロロメタン又は1,2ジクロロプロパンに長期に亘って高濃度ばく露により発症しうると医学的に推定できること。
②本事業場で発生した胆管がんは1,2ジクロロプロパンに長期間、高濃度ばく露による事が原因で発症した蓋然性が極めて高いこと。

 等の見解が示された。

これら報告書を基に厚生労働省は「化学物質のばく露防止対策の強化」として迅速な法令の整備、化学物質のばく露防止の指導、現行法令の遵守徹底等指導が行われた。

 第2種有機溶剤であるジクロロメタンについては、有機溶剤中毒予防規則に基づく「ばく露防止措置」の徹底を図るよう指導を強化する-としているが「1,2ジクロロプロパン」については原則として使用を控えるように事業者に対して指導するとしている。「1,2ジクロロプロパン」は有機溶剤中毒予防規則には該当しない未規制物質であり、恐らく事業者は健康有害性を認識しないまま使用したのではないかと推測される。労働安全衛生法第28条第3項の規定に基づき厚生労働大臣が定める化学物質による健康障害防止指針(いわゆる「がん原性指針」)の対象物質として26物質が指定されている。その中に、ジクロロメタン、1,2ジクロロプロパンが 含まれているが、1,2ジクロロプロパンは指針のみ該当(1%超)する物質として指定されている。これら26物質は、国による長期毒性試験の結果、哺乳動物に「がん」を生じさせることが判明したものであり、人に対する「がん原性」は、現在確定していないが、労働者がこれらの物質に長期間「ばく露」した場合、がんを生じる可能性が否定できないことから、「化学物質による健康障害を防止するための指針」の対象にしている-と解説されている。

 事業者がこれら情報を何処まで認識していたかは不明だが、どのような対策を採ったらよいかについては専門家の指導を受けなければ難しいと推測される。しかしながら今回の印刷事業場の作業環境は、換気設備の欠陥、局所排気装置の未設置等、有機溶剤中毒予防規則で定められた作業環境対策が十分採られていないところに大きな原因がある。労働者は劣悪な環境の中で作業を行っていたことを考えると健康障害を防止することは極めて困難であったと推定される。事業者は有機溶剤中毒予防規則で定められた最低限の対策を実施する遵守義務があるが、その認識に欠けていたところに大きな問題があると思われる。

 一方、化学物質の危険性・有害性の情報が労働者に十分伝達されず「自分の健康は自分で守る」という認識も労働者サイドに一定は求められるが、これがどの程度浸透していたかについて疑問が残る。

 平成25年3月18日、(社)日本印刷産業連合会による「各事業所内での化学物質の取り扱いに関するアンケート集計結果」が公表された。

 平成24年度中に、参加10団体9,270社にアンケートを依頼し、2,030社から回答があった(回答率:22%)ようだが、事業所規模は1~19人が905社(44.5%)、20~49人が470社(23.2%)とされ、1~49人の占める割合は回答社の67.7%であった-とのこと。作業環境測定の実施率は前年の24%から54%に、特殊健康診断の実施率は、前年の35%から65%に改善されているが、未実施率が高いのが気になるところである。更に、発散源を密閉する設備、局所排気装置等の設置については49%が「未設置である」と回答している。
 また、化学物質等の安全データシート(SDS)の活用率は55%と低調であった。SDSの入手方法がわからない、見方がわからないといった回答が25%、回答なしが21%となっており、回答社全体の45%(未回答を含む)が活用していない現状にある。きめ細かな対策指導が必要であろう。

 平成25年5月14日、日本産業衛生学会の許容濃度委員会において印刷事業場の胆菅がんの発症原因と見られる「1,2ジクロロプロパン」の許容濃度を暫定的に決定、「1ppm」とした。学会が許容濃度を示したのは初めてである。なおこの数値は、米国産業衛生専門家会議(ACGIH)が示す平均許容濃度10ppmの10分の1である。管理濃度にどのような影響を与えるか見守りたい。

  さて、今回の胆菅がん問題をどのように捉えどのように対策をするべきかについて考えてみたい。
  法律で規制されていない未規制化学物質は規制された化学物質の数をはるかに超えて存在する。事業者は法律で規制されていない化学物質は安全であるという解釈をしがちであり、事業者に未規制化学物質であっても安全だという疫学的証拠がない限り何らかの対策を採らなければならないという規制をかけ、法整備を急ぐことが必要ではなかろうか。

「1,2ジクロロプロパン」及び「ジクロロメタン」は発ガン性の可能性が有る物質として、特定化学物質障害予防規則に指定される動きが有る。問題が起きてからでは遅いので総合的な判断から法的整備を急いでもらいたいと考えるし、小規模事業場のおかれている状況を考え迅速に対処することが望まれる。法規制が厳密に網羅されても情報として把握する能力、それを理解する能力には限界がある。(社)日本印刷産業連合会の実態調査の中で示されたSDSの活用が未だに低調な現状を見てもわかるように、きめ細かな指導、例えば、神奈川産業保健推進センターの実地相談を活用することを是非、お勧めしたいと思う。一方、地域においては神奈川県内の地域産業保健センターに相談し活用することにより、問題点の解決に繋がる。こちらも活用を薦めたい。
 また(社)日本労働安全衛生コンサルタント会 神奈川支部への相談、活用による実地指導体制も整備されているのでやはり相談を薦めたい。

 このように、身近にある機関・団体の活用を推進することも大きな力となると思われる。何れにしても事業者に求めたいのは、化学物質等安全データシート(SDS)の活用をしっかりと行い、危険性・有害性情報を事前にきちんと把握して、現行の法令を遵守することの大切さを認識し、作業環境の実態を把握、局所排気装置等の設備対策を十分にとり、特殊健康診断を実施して、「自分たちの職場環境は自分たちで改善する」と共に「自分の健康は自分で守る」という意識改革を育むことである。一人ひとりが安心して働ける職場を構築して頂きたいと切に願っている。
 
(文責)相談員  白須 吉男
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