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相談員から一言 バックナンバー

『鉄粉の身近にある意外な用途』

 昭和39年6月に震度5~6の地震が新潟市を中心に襲い、海岸部の工業地帯の複数の箇所から流出した石油類に何らかの原因で引火し火災となりました。その発火原因の一つとして機械部品の焼結成型加工の原料として使用する大量に保管された鉄粉が津波で海水に浸かり、発熱し発火に至ったとの説が有力視されました。

 原因調査委員会が構成され、私も委員の一人として鉄粉の発火実験に携わりました。 鉄と酸素や水が反応すると発熱することは、周知の事実であり、鉄粉の場合、同じ重量の塊状の鉄に比べ空気中の酸素と触れる面積が極端に大きくなり発熱しやすく、また粒子間隙に空気等が存在するので熱絶縁性が高く蓄熱しやすいのですが、実験の結果-鉄粉が乾燥空気と触れた場合よりも高湿度の空気に触れた場合の方が、高温になること、さらに鉄粉を海水で湿らせて空気に触れさせると、前述の場合より短時間で一層高温になることが分かりました。海水で濡れた鉄粉は10グラム単位では100度を超えることはありませんでしたが、キログラム単位では300度を超えていました。100キログラム単位では1000度を超え、実験終了後内部の状態を調べると、部分的には鉄粉の溶融状態が認められ、1550度に達していたものと推定されました。

 このように量が増加することによって高温になる現象を規模効果といいます。このような高温物体に石油等の可燃物が接触すれば火災爆発を起こすことは当然です。
 これらの実証実験と併行して鉄粉の危険性を調査した結果、鉄製品のグラインダー等の研磨作業で堆積した鉄粉が研磨で生じた火花で発火し火災になったケースも認められました。
 前置きが長くなりましたが、使い捨てカイロの原理が鉄粉の発熱にあることをご存知でしょうか。明治時代に鉄粉カイロというものが販売されていたようです。
 鉄粉に塩(電解質であればどんな物質でもよい)を塗し、酸素を透過しない材質で、できた袋に密封する。すると袋の中の空気中の酸素を鉄粉が吸収消費し酸欠状態(ここでは酸素濃度が限りなく0に近い状態)となり、長期間の保存ができます。
 解袋し空気に触れると酸素との反応が始まり暖かくなります。このときの塩は鉄粉の酸素吸収を促進する役割を果たしています。塩の付着した包丁などの鉄製品が非常にさびやすいことからも理解していただけるでしょう。

 塩の代わりに鉄粉に砂糖を塗しても、塗さない場合に比べて発熱温度に差は生じません。砂糖は非電解質ですので発熱反応に関与しないからです。
 カイロが火傷するほど高温にならないのはなぜでしょうか。前述のとおり規模効果により鉄粉の量が少ないので、発熱と放熱のバランスがとれて高温にならないからです。
 さて、気温が上昇しカイロを体から離すと温度が低くなることを体験したことはないでしょうか。体に付けているうちは衣服の保温効果とともに、前述のとおり皮ふから蒸発する水蒸気を鉄粉が吸収するために高温状態を保持しています。このような発熱の仕組みが分かれば、気温が高くなり不要になったら、酸素を透過しない材質の袋(カイロが入っていた袋がよい)に入れ、密封しておけば金属状の鉄粉が残っている間は、再使用可能なことが理解されることでしょう。ただし、鉄粉が固まらないように揉んで粉の状態を保つ必要があります。

 次に鉄粉が酸素を吸収消費する現象を食品の長期保存に利用している例を紹介しましょう。菓子などの食品を詰めた袋の中に小さな袋が入っています。それには「食べられません」という表示のほかに「酸素吸収剤」、「脱酸素剤」などの表示に気付いたと思います。
 この小さな袋の中身に鉄粉が入っているケースが多く見受けられます。袋の中に食品を詰め、酸素吸収剤として鉄分を入れ密封すると、袋の中の空気中の酸素が鉄粉に吸収消費され、窒素が残り酸欠状態になります。食品が痛んだり、腐敗する原因は酸素にあるので酸欠状態にしておけば長期間鮮度を維持できます。真空パックと同じ効果です。

 昔から食品の痛みや吸湿を抑えるのに生石灰(酸化カルシウム)やシリカゲルなどの乾燥剤が用いられています。そこで鉄粉を用いれば酸素の除去と乾燥が同時にでき、一石二鳥の効果があります。
 今回半世紀も前に実施した地震による火災の発生原因を究明する過程で、鉄粉がその要因になったことを思い出し、鉄粉が私たちの生活の意外な所で役立っていることを紹介しました。
 
(文責)相談員  阿部 龍之
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