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相談員から一言 バックナンバー

『メンタルヘルス 自己申告者への対応』

 メンタルヘルス関連の学習や人の対応は、数え切れない程経験してきた。だから、メンタルに問題のある人の対応はそれなりに自信を持って担ってきた。しかし6年前から週に数回某専門学校の健康相談室で養護教諭・カウンセラーとして勤務するようになってから、それまであまり具体的に聴かされることのなかった心の奥にうごめいている根本的な問題を直接知るようになった。
 
 毎年入学者の5-6%は、メンタルの問題で自己申告してくる。その申告者の限りなく100%に近い割合で、親の言動に問題がある。それが起因になって睡眠障害や対人恐怖症、うつ等の問題が発症してきているのではないかと思わずにはいられない位申告者の苦悩は悲痛で、ひしひしと伝わってくる。涙を流し、暗い表情で話すその生の声を聴いていると、私も子育ての経験があるので親の立場や状況も何となく分かり、親をすることの難しさも同時に考えさせられるのである。親の問題は十人十色であるが、共通している苦悩の内容は、一方的な命令、押し付け、否定で自分の気持ちや考えを言っても相手にされない、自分の存在の意味がないから夢も希望も持てないと言う。会話の最大の苦手な相手は親で、同じ部屋に居るだけでのどがつまり緊張して逃げ出したくなると言う。そんな学生の多くは担任と親が重なるのか、コミュニケーションがうまくとれず担任が困り果てるという状況がでている。卒業後、就職して上司との関係も同じではないかと想像してしまう。社員の場合は、親の問題をここまで表面に出さないが、きっと根のところでは引きずっていて社会生活の中で何らかの悪影響を及ぼし、メンタルの対象になっている人がいるのではないかと思う。
 
 私は面接に際して教訓になっている本の一冊に、斉藤喜博先生の「教育学のすすめ」がある。感銘を受けた一節は「対象との対応ということは、新しいものを発見し創造するために相互に響き合い、その結果として新しいものが生まれる。そのことが人も変化させる。」で、30年前にこの本を読んだ時、心の底から本当にその通りだと納得した。それ以来、ずっと確信をもって人と対応してきた。学生と対応している時、時々親の代行をしている様な感じになる。社員の場合は親というより、おこがましいが最大の理解者と自認している。専門職だからその位の自覚を持たなきゃと思う。
 
<事例>21歳 男性
 
状況:入学早々に来室。弱弱しい感じと青ざめた暗い表情、小さな声で「中学の時から飲んでいるうつの薬を保管しといて下さい、症状がつらい時に飲む薬だから」というので預かる。
 
家族:両親と姉の4人家族、両親共に公務員で姉は某国立大学の院生、事例は高卒後ニートを経て当校に入学。4人とも朝食を食べたことがなく、母の料理は夕食だけ。母は料理した物は絶対残さない主義なので、残り物は一切なく、食べ物の買い置きも無い。
 
苦悩:物心ついた頃から両親の口論、そして別居、どちらの家に行っても一方的に相手の悪口を聞かされ、強引にそれを納得させようとする。どっちの家にも泊まりたくないが我慢の日々。父の家に行った時台所で釘を踏んだ。釘と思ったら固くなったゴハン粒で1年経った今でも痛いといって足の裏を見せるので見たらしこりになっていた。人間関係で一番嫌な人は両親。姉とは気持が通じ合わないので会話はない。心を打ち明けられる友達はいない。唯一の趣味はどくろ収集で、ベルト、ネックレス等身につける物や部屋の写真もどくろと。
 
経過:登校した日は必ず休み時間に何度も来室。微笑を交わし、挨拶程度の短い会話で交流した。少しずつ変化が現れ、1年生の終わり頃には顔色もよくなり元気になった。2年生の中頃から積極的に就職活動をしてその都度報告に来室。しかし、不合格が15か所続き落胆の様子が目に見えてきたので、気になっていたどくろを手放してはどうかと提案してみた。その夜全部処分し星や菊の花にしたと。16か所目に有名店に合格し就職。2年後の今も元気に働いている。時々来て近況報告してくれる様子は、大人になったなあと実感する。定年した父親と同居し、会話はないが夕食があるからいいと。うつの薬は一度も使用しなかった。
 
相談員(メンタルヘルス)谷田久美子
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