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相談員から一言 バックナンバー

『医薬品のリスクコミュニケーション』

近年、さまざまな領域でリスクコミュニケーション(リスコミ)の言葉を耳にすることが多くなっている。このメーリングリストをご覧になられる産業保健の専門の諸先生方には「釈迦に説法」で恐縮だが、少しご紹介させていただきたい。
 
  「人間の生命や経済活動にとって望ましくない事態が発生する可能性」がリスクであり、その様々なリスクに関する正確な情報を、行政、専門家、企業、市民などの関係主体間で共有し、相互に意思疎通を図ることをリスコミという。その目的は、「個人・集団の意思決定・政策決定に必要な正確な情報と、利害関係者間の信頼関係の構築と合意形成」を得ることである。

 リスコミの歴史的背景は、新しく1989年の米国国家調査諮問機関(National Research council;以下NRC)の報告書に初めて記載されたことに始まるとされる。リスコミの成否は、利害関係者間の理解と信頼のレベルが向上したか否かで決まる。米国におけるリスコミの変遷は、「技術的なリスクメッセージ提供の段階」(1975-1984)、「説得のためのメッセージの工夫の段階」(1985-1994)、「対等な立場でコミュニケーションを図る段階」(1995-)を経て、現在の定義、つまり「共通の認識を持ち、相互に意思疎通を図る段階」に至ったとされている。お馴染みのリスクマネジメントは、「リスクを科学的に洗い出し、そのリスクを軽減、回避、未然に防止すること」である。このリスクマネジメントを円滑に行う上で、利害関係者間でリスクに関する情報、体験などを交換しあいながら、相互理解を図らなければならない。リスコミは、リスクマネジメントの全過程に関わる根幹と言える。
 
 産業保健から少し離れるが、現在、厚生労働科学研究で、「医薬品の安全性に関するリスコミ」研究の代表者を担当させていただいている。医薬品の安全性の信頼に疑問が投げかけられつつある今日(薬害肝炎問題、タミフルの精神・神経症状問題など)、その適切な情報提供は喫緊の課題である。患者・消費者に対しては、医薬品のベネフィットとリスクの科学的不確実性のバランスの十分な対話が必要であるが、副作用(安全性)情報のリスコミは実体化できていない。また、医療関係者に対しても、従来の緊急安全性情報等の安全性情報や添付文書提供だけでは情報伝達や共有が不十分(自己血糖測定用穿刺器具の使い回し問題など)である。米国では、2007年のFDA改革法(FDAAA)等の立法化により、患者・消費者への医薬品安全性の情報提供が強化された。わが国の医薬品行政領域でも、欧米の取り組みに学びつつ、リスコミを進展させる基盤の検討が必要ではないか。
 
 誌面の都合上、2点だけ研究班に関する事項をご紹介したい。

 1点目は、国際医薬品モニタリングのWHO協力センターであるスウェーデンのThe Uppsala Monitoring Centreによる「WHO 国際医薬品モニタリングプログラム」加盟国向けの理論、実施基準、実践ガイドライン「Expecting the Worst-Anticipating,preventing and managing medicinal product crises-(最悪の事態に備えて-医薬品に関する危機予測とその防止および管理), 第1版(2003年)」である。医薬品のリスコミ(平時から行うもの)、あるいはクライシスコミュニケーション(一端ことが起きた危機時に行うもの)の『バイブル』として大変参考になると思われる。今年の7月に第2版が出版され、現在、翻訳出版を精力的に企画中である(乞うご期待! なお第1版は平成21年度厚労科研報告書に翻訳収載済み)

 2点目は、NPO日本患者会情報センター所属団体(アラジーポット)とくすりの適正使用協議会の協力を得て、「専門医と家族が一緒に作った小児ぜんそくハンドブック2008」をもとに、視覚的に一層わかりやすくした「同ネット版」コンテンツを作成した。
 
 2003年に、人の健康確保の強化などを目的として出された国連勧告「化学品の分類および表示に関する世界調和システム(Globally Harmonized System of Classification and Labelling of Chemicals:GHS)」が出されたが、化学物質などの表示及び文書交付制度の改善を図ることを目的としている。GHSでは、化学物質のリスク(危険性及び有害性)を、引火性や発がん性などの約30項目に分類したうえで、リスクレベルに応じて、ドクロや炎などの標章をつけること、化学物質など安全データシート(MSDS)などの取扱上の注意事項などを記載した文書を作成・交付することなどを決めた。ここでも『絵表示』を用いて、わかりやすくリスクを説明している点が特徴であり、言わば、「産業保健の安全性に関するリスコミ」と言っても過言ではなかろう。
 
 医薬品のリスコミは、患者参加の対話型医療(Shared Decision Making)を通して、社会における医薬品への信頼性を向上させ、安全で満足度の高い医療システムの実現を目指すものである。同様に、職場のリスコミも労働者参加の対話を重視して、安全で快適な職場環境が展開されることが望まれる。
 
(文責)相談員 杉森 裕樹
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