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相談員から一言 バックナンバー

『産業医療制度の今後の課題』

現在、わが国では、地域医療において、医師の地域偏在や診療科偏在が問題となっていますが、産業保健においても医師の偏在の問題は例外ではないようです。そこで、今回は、産業医制度の今後の課題について取り上げてみたいと思います。
 
 日本医師会の認定産業医制度は平成2年に現行の制度が確立されました。現在までの日本医師会認定産業医の取得者は8万人を超えています。単純計算すれば、医師の約3.5人に1人が取得していることになります。日本医師会の試算では、全国における労働者数が50人以上の事業場のみならず、以前から日本医師会の産業保健委員会が提言している30人以上の事業場においても産業医の選任を義務づけることが可能な人数となっています。

 しかしながら、平成21年度の日本医師会の産業保健委員会の答申によれば、日本医師会の認定産業医を取得した医師が事業場と契約できない状態が多くの都道府県で認められています。その一方で、一部の地域では、今後、医師の絶対数の不足や高年齢化にともなって、認定産業医の数の不足が懸念されています。さらに、認定産業医の数は全国的には足りているはずですが、産業医を選任すべき事業場において産業医の選任がなされていないところがあります。筆者自身も認定産業医を取得した医師、産業医を未選任の事業場の双方から相談を受けることもあります。これらの問題について、認定産業医資格のある医師の活躍の場を確保し、多くの事業場で労働者の健康管理体制を充実させるためには、認定産業医と産業医を未選任の事業場とのマッチングを行うことができるシステムの整備が望まれます。
 
 近年、産業構造の変化や雇用環境の悪化等により、事業場における労働者の健康管理の範囲は拡大してきています。産業医は、従来からの職業性疾病に加えて、過重労働による脳・心臓疾患やストレス関連疾患、あるいは労働環境中の新規化学物質による健康リスクの対策など多様な問題に対応できることが求められます。そのなかには過重労働やメンタルヘルスの問題など事業場に共通の問題もありますが、業種によって異なる健康問題も存在します。筆者が事業場からの相談を受けた事例では、産業医が選任されているにも関わらず、事業場の担当者は産業医に一言も相談せずに外部の専門家に相談していることがありました。すなわち、産業医を選任するときには、単に数合わせではなく個々の事業場の特性にあった健康管理ができる産業医を紹介することが必要になると考えられます。そのためには、認定産業医の専門性や産業保健における得意分野が分かるように、これまでに産業医を経験した業種やどのような領域の研修実績があるのかなどの情報を把握できるシステムにすることが必要になるでしょう。認定産業医研修会の体系についても産業医実務に必要な技能の修得状況が分かりやすい制度が望ましいと考えます。また認定産業医研修会で修得した内容を産業保健現場で実践するためには実務上知らなければならないことがありますが、研修会での集団教育には限界があると感じています。認定産業医を取得後初めて産業医契約をする場合には、経験の豊富な産業医に相談できるメンター制度があれば、事業場も安心して産業医契約ができるようになると思います。これらのことに関連して、産業保健推進センターの事業のより一層の充実と活性化が望まれます。
 
 以上、産業医制度について日常の相談から感じていることを述べてきました。現在、筆者が所属する聖マリアンナ医科大学では、毎年、当センターの相談員の先生方のご協力のもと、医学部の3年生の産業保健現場の見学実習を行っております。この場をお借りして見学実習でお世話になりました事業所の皆様方に御礼申し上げます。またさらに実践的なアドバンストコースとして産業医学の選択科目を設けていますが、毎年少しずつ産業医に関心を持ち、受講する学生が増えてきています。医育機関である大学の産業保健に関わる講座の教員として、産業医の人材育成を通じて社会に貢献できればと考えています。
 
(文責)相談員 髙田 礼子
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