本文へ移動

相談員から一言 バックナンバー

『職場における肝炎対策』

 わが国の職場における定期健康診断項目の中で、肝機能異常は2番目に頻度が高く、約15%を占めます。職場によっては20%~30%に異常がみられるところもあります。
 肝機能異常は、ALT、AST、γ-GTPの数値のどれか一つに異常がみられた場合に当てはまります。ここでみられる肝機能異常の大多数は非アルコール性脂肪性肝疾患(NAFLD)です。
 NAFLDは、肝臓の組織像はアルコール性脂肪肝と類似していますが、その原因は肥満、特に内臓肥満があげられ、メタボリックシンドロームの肝臓での表現形とされています。
 健診後の健康相談などで、肝機能異常を指摘された人たちから、一ヶ月禁酒したのに肝機能が良くならないといった苦情(?)が持ち込まれることもありますが、その原因を考えると、禁酒しただけでは肝機能は改善しません。
 NAFLDの多くは良性疾患ですが、一部に炎症がおこり、肝線維症、肝硬変へと進展していく非アルコール性脂肪肝炎(NASH)が含まれます。
 NASHの頻度はNAFLDの15~20%とされています。
 NASHの患者では、メタボリックシンドロームと同様に内臓肥満やインスリン抵抗性がその根底にあると考えられており、治療としては食事・運動が基本となります。
 しかし、いったん炎症が始まると食事・運動療法だけでは炎症を食い止めることは非常に困難です。
 そこで、薬物療法としては、抗酸化剤、インスリン抵抗性改善薬、脂質代謝改善薬などが候補としてあげられていますが、その効果は人ではどれも期待はずれです。
 肥満者や2型糖尿病患者の増加とともに、NASHの増加が想定されており、今後の新たな薬剤の開発が期待されます。
 
 今述べましたように、職場での健診で肝機能異常をみた場合にはまずNAFLD/NASHを疑います。

 しかし、ここで忘れてはならないのがウイルス性肝炎です。
 わが国では、まだウイルス性肝炎は非常に大きな社会問題です。
 一説には、約300万人の患者がいるとされています。
 国においても、肝炎対策推進評議会を通して、検査・診断体制、あるいは医療の補助金、知識の普及や啓発活動、研究の推進などの対策がとられてきました。
 
 職域におけるウイルス性肝炎対策として、厚生労働省からこれまでに4回各事業所あてに通達が出ています。
・「肝炎対策への協力について」(平成14年)
・「職場における肝炎ウイルス感染に関する留意事項について」(平成16年)
・「労働者に対する肝炎ウイルス検査の受診勧奨等の周知について」(平成20年)
・「職域におけるウイルス性肝炎対策に関する協力の要請について」(平成23年)
 
 これらの通達で強調されていることは、肝炎ウイルス検査の受診勧奨と、プライバシーに配慮した検査結果の本人のみへの通知です。
 
 ウイルス性肝炎としてわが国で問題となるのはB型、C型肝炎です。B型肝炎ウイルス(HBV)やC型肝炎ウイルス(HCV)による感染には、感染が一過性で治癒する急性肝炎と、ウイルスの感染が持続する慢性肝炎があります。
 今問題となるのは、ウイルス感染が持続する慢性肝炎、すなわちウイルスのキャリアーの場合です。
 一般に慢性肝炎では自覚症状がありません。
 職場健診でみつかる肝機能異常者はNAFLDの可能性が高いのですが、肝炎ウイルス検査を行わないと、B型、C型慢性肝炎を見逃す可能性があります。
 さらに、ALTやASTが30~40前後で、検査機関によっては正常と判定される者の中に、慢性ウイルス性肝炎患者が含まれている可能性があります。
 
 B型、C型性慢性肝炎では炎症が持続し、本人が自覚しないうちに肝硬変や肝細胞癌へと進展することがしばしばみられます。
 現在B型、C型慢性肝炎に対して、インターフェロンをはじめとした有効な治療法が存在し、早い時期に治療を行うほど治療成績が良好で、病気の進行を阻止したり、完治させるも可能です。
 従いまして、早期にウイルス性肝炎の診断をつけることが重要です。
 そこで、多くの人が働いている職場において肝炎ウイルスの検査を行うことの重要性があげられます。
 肝炎ウイルス検査は定期健康診断項目には含まれていませんので、別途考慮する必要があります。
 検査は毎年受ける必要はありませんが、少なくとも一生のうちに1度は受けることが必要です。これにより、肝炎ウイルスキャリアーを拾い出し、必要な場合には治療へと結びつけることができます。
 
 B型、C型肝炎ウイルスは、主に血液(B、C型)や体液(B型)を介して感染しますので、HIVと同じように、偏見、あるいは差別という問題が懸念されます。
 従って、一般の健康診断と同じような考えで検査を行うにはいろいろな問題があります。
 厚生労働省からの通達にもありますように、検査体制や結果の本人への通知、その後の支援体制をどのようにするのかということは非常に重要であります。
 厚生労働省からの通達はありましたが、実際に労働者が肝炎ウイルスの検診をどの程度受けているのか、検査結果の通知はどのようにされているのか、検査に基づき適切な医療を受けているのか、職場の支援体制はどのようになっているのか、などに関しては全く情報がありません。
 
 私どもは、平成23年度 厚生労働省 難病・がん等の疾患分野の医療の実用化研究事業(肝炎関係研究分野)の中の「職域における慢性ウイルス性肝疾患患者等に対する望ましい配慮の在り方に関する研究」分野で採択されました。
 研究補助金による研究事業として、「職場における慢性ウイルス性肝炎患者の実態調査とそれに基づく望ましい配慮の在り方に関する研究」の研究班を立ち上げ、調査研究を行っています。
 調査結果につきましては、次の機会にご報告したいと思います。
 
(文責)相談員  渡辺 哲
TOPへ戻る