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相談員から一言 バックナンバー

『健康雑感』

 先日、私はメンタルヘルス不調者の復職問題で、ある産業医と話が噛み合わず、どうしたものか悩みました。
 話は二つ、産業衛生上の病名の意味と、復職時の治療継続のレベルです。
 この2話を通して、産業衛生の「健康」について、加えて復職判定と産業衛生のあり方について、読者の皆様が色々な視点でお考えいただくための、そんな材料になれば幸甚です。
 
 事の始まりは、私の発言にあったのです。
 「復職判定の際に、まず病名を明らかにして復職を検討すべきか、いやいや病名は二次的な条件で、復職時点で労務提供がどの程度に行えるかを一次的な視点で捉えるべきだろう」と申し上げたところ、その産業医は「診断書病名にうつ病とされる者の中には、躁鬱病やパーソナリティー障害も含まれているので、今後の治療経過が違う。
 それを同一視して復職させるのは無理があるから、正確な病名がまずありきであろう」と反論されました。
 提出された診断書の病名が的を得たものなら、確かにその産業医の言うことも理はあるのです。
 この件では、どちらも正解であり、ではなかったように感じました。
 なおこの話の背景には、その産業医の職場が事務職のみであったことも、大いに関係していると思われます。
 
 次に、復職時の内服薬の種類についてです。
 皆さんが産業医の立場だったら、睡眠障害を伴うメンタルヘルス不全者が、未だに入睡眠導入剤等を内服していても、深夜業を含む交代制勤務を認めますか。
 また高所作業を認めますか。
 ましてや、復職後の処方を主治医から産業医が引き継ぐなどと聞くと、私は卒倒しそうになります。
 勿論、復職対象者の職種により服薬内容と復職判断基準は大幅な違いが生じるのですが、その辺の理解が復職時の一般論化をさらに難しくするのでしょう。
 さらに現実問題として、中小企業の製造現場には事務作業などが出来ない労働者もいて、以前からの作業以外に復帰職場が見つからないケースなども珍しくありません。
 中途半端な労務提供を認めるのは、受け入れる現場の同僚にも負担を強います。
 このような労働者では、内服による副作用≒安全リスクが懸念されます。
 そうした安全リスクを負うこと自体が、労務提供の前提となっているケースでは、企業に求められる安全配慮責任をどこまで果たす必要があるか、大いに問題になります。
 そんな点も復職時の服薬内容が、判断基準に大きく影響するのかもしれませんね。
 
 産業衛生における健康の位置付けだとか、その企業で健康に投入可能な経済的かつ人材活用の範囲など、それぞれの企業でまちまちと思います。
 しかし、産業衛生活動の中身が企業間で若干違っていたとしても、産業衛生に携わる者同士が意思疎通するのに、「健康」と言う言葉の意味が違っては話も噛み合わないでしょう。
 産業衛生の場の「健康」と、予防医学などの「健康」や治療上の「健康」と言う言葉は、いささか意味する範囲や定義が違うのではないでしょうか。
 少なくとも私は、産業医活動に於ける「健康」を労働契約下の「健康」として、全人的な「健康」と区別するようにしています。
 労働安全衛生法は労働基準法と相まって労働者の健康を確保する原則に立っているので、労働衛生の対象になるのは労働契約関係下にある労働者と事業者になります。
 そして労働者は自らの労務提供を完全に果たすため自己保健責任を、事業者は主に職場における危険有害因子から労働者の健康障害を未然に防ぐため健康配慮責任を果たすことにより、企業の健康管理が可能になるのであって、この相互関係が崩れると企業に於ける産業衛生は健康管理が成立しません。
 でも近頃つらつら思うのですが、こんな相互関係がメンタルヘルス不全者の復職では、とかく軽視されているように感じています。
 産業医同士であっても、この相互関係にどの程度重きを置くかについては、温度差のある事も事実です。
 産業衛生活動の健康管理は、各々の現場の即して種々の形態があるでしょうし、労働者の方々の健康が確保されるのなら、それが一番です。
 しかしまた産業衛生活動での健康管理の主体は事業者であり、決して医師自身や産業衛生スタッフではありません。
 そもそも事業場は治療の場ではないから、治療に関しては専門の医療機関に任せるのが原則ではないでしょうか。
 メンタルヘルス不全者のケースでも、少なくとも治療と産業衛生を分けて考える必要はあると思います。
 
 以上は、私の産業医活動における「健康」についての雑感についてです。
 皆様方は、この当たり前でありながら釈然としない「健康」と言う言葉を、どのように捉えていらっしゃいますか。
 
(文責)相談員  村上 稔
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